第三の唇物語4

「えっ、知らないよ!」

「じゃあ書いちゃダメだよ!」


上のやり取りが今回のブログのオチの部分になります。



今回は過去からのメンバーの紹介を主にします。








人間関係の下手さから俺らは完全にライブをする場所を失っていた。
それが多分2004年から2005年くらいかな。


ちなみにまだこの時点で第三の唇というグループ名は存在していない。


ライブしてない期間はひたすらヤーボん家で曲を作りまくっていた。
そしてその録音の騒音故にヤーボの母親と険悪な仲になっていく。

彼の母親は、俺をオデブちゃんと呼ぶようになる。

そんなアダ名で俺が傷つくと思ったのが大間違いだった。


この時期のちょっと前にそういえば1人加わってました。

ヨータ。

地元の暴走族の総長で、社会からのしばらくの隔離を経て
「スークン、俺も真剣にラップやりたい。」
と言ってきたのだ。

その気持ちを受け取り暇な時はヤーボん家で一緒に曲を作ったりしていた。
それからちょっとして、とあるライブでまずは俺のサイドMCをやらせてみた。

その時のライブは板垣氏とか後藤君とかも見ていたのだが、彼ら曰く
「ヨータがライブ中ずっと壁と同化しようとしてたよ。」
との事だった。
意味不明だったが、どうやら緊張しまくってできるだけ壁にピッタリと張り付いて姿を隠そうとしていたようだ。

ヨータはシャイ過ぎの極度の緊張しぃだったのだ。

この日以来ヨータはラップをしなくなった。

幻のメンバー。ちなみにガンダムが好きだった事から当時はガンダムYというMCネームを自らつけていた。


同時期にBEATBOXに憧れた阿部ちゃんも加入した。
最初はラップもしていたが向いていない事に気付きBEATBOXを始めてみたが、BEATBOXの方が断然難しい事に気付き彼も道半ば挫折した。

いや、阿部ちゃんは第三の唇結成時にメンバーだったな。
記憶が定かではないがいずれにせよ挫折している。

幻のメンバー。ちなみにこちらも極度の恥ずかしがりや。あと凄い太っている。
彼はBIG-Dとつけていた。



あと彼を紹介しなくてはならない。
俺の初ライブの渋谷FAMILYの時にも客として観に来てくれた男。
関口直人。

2兆個のギャグを持つ男。

代表作ギャグに
「ジダーーン!」
「かっさらってけー!!」
「誘導」
等がある。
板垣氏の無茶なフリを誰よりも受けてきた男。

俺は現場にいなかったが、公園に立っている木に向かって
「お前、何ギャン?」
というギャグは今でも地元では語り草となっている。

というかその俺の初ライブの時もDJプレイ中に関口はマイクを掴み
「トランスフォーマーホーー!!」
という返し方がわからないコール&レスポンスを叫んでいた。
クラブでトランスフォーマーホーをしたのは後にも先にも彼だけだろうな。

そして関口は俺の初ライブに刺激を受けたのかそこからラップをやりだした。
なんならヤーボん家のパソコンでトラックメイクも軽くこなしていた。

だが彼はライブに出る事はタイミング的に一度もなかった。
ちなみに彼はMC土器(どき)と名乗っていた。
あともう1つちなみになんだけど彼は昔、当時付き合っていた彼女にコードレスのピンクローターをアナルに突っ込んだところ、ずんずん中に入ってしまい彼女のアナルの中にローターが消えてしまった経験を持っている。
あとは自分の部屋にレジャーシートを敷き彼女と互いに水着になってレジャーシートの上で弁当を食べたりしてから性行為に及ぶという謎のプレイをしていた経験もある。




それからナギが加入する。
元々はライブとかよく観に来てくれたりとかしてたしライブしてない時期にはクラブに一緒に遊びに行ったりしていた。
彼は一度、茨城でのパーティーで泥酔して俺らのライブ中に寝てしまいマイクを落としゴンッ!!という音を響かせた事がある。
MCネームはnaGiである。




その後に入ってきたのがバーバー。
てっちゃんである。チャンテツ。
バーバーというのは実家が床屋というだけである。

彼は確か俺らが地元でフリースタイルしてる時にたまたま遊びに来てノリでチャンテツもフリースタイルを始めた所からのスタートだったな。

世には全く出てないけど彼のラップは凄いいいです。
リリシズムを持っている男。
俺とチャンテツは初体験の女性が同じです。



そして、最後の男。
この男ははっきり言ってヒップホップを全く知らない。
聞かない、多分興味もない。

徳永。

俺の昔のデモCDでのラップぐらいしかラップは聞いてなかったはず。

でも俺らの中で誰よりもヒップホップだった。
エミネムを知らないのだ。

ラップやってる奴でエミネム知らない人っていますか?
俺らは
「いやエミネム知らないままのほうがいいよ。そのままでいいよ。」
と彼を育てていった。


彼が完全に加入したきっかけは、俺と関口直人とかでカラオケで遊びでフリースタイルバトルをしていた時があって、当時フリースタイルもヒップホップも何にも知らなかった徳永はその遊びに乗ってきた。

関口直人が徳永に仕掛けた
「ヨーヨー、お前のその変な戦闘服!」
とかそんな感じだった。
徳永は
「これは戦闘服じゃない、作業服ーー!!」
と初めての見よう見まねの即興で正しい答えを返していた。

それから俺と関口で色々仕掛けた。
全部正しい答えを返してくれた。

その日MCネームが関口から名付けられた。

ジアンサー。

MCジアンサーが第三の唇に加入した。

第三の唇は今はライブやってないけど、間違いなく言えるのは第三の唇の中心、核はジアンサーだった。




そのフリースタイルからラップにはまった徳永と曲を作る事になった。
徳永の初リリック。

驚愕だった。

「ヨーヨー。俺は街角のハスラー」
みたいな書き出しで始まっていたのだ。

俺はすぐに聞いた。
「お前ハスラーって意味わかってんの??」

「えっ、知らないよ!」

「じゃあ書いちゃダメだよ!」











今日はここまで。
次回は仙台のラッパーに板垣氏のウンコが臭いと言われるの巻
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by kuchibuil4951 | 2013-04-15 15:35