春日部鮫史6 スタート

そうそう、そして俺は17歳くらいの頃から遊び半分でリリックを書き始めた。

当時はRHYMESTERが凄い好きだった。ゴリゴリの不良のハードなライフスタイルを歌詞にしたヒップホップよりかは、ユーモアのある誰もが楽しくなれるようなラップをしたいと思っていて、そういうリリックを書いていた。

でも当時は人前で、ましてやクラブでラップするなんて想像もしてなかったし、する気もなかった。
何故なら知らない人と知り合うのが嫌だったから。


がしかしある時の春日部TSUTAYAでの出来事をきっかけに事態は変貌を遂げていく。


18歳の時。
この歳になると回りの友達が車の免許をどんどん取り始める。俺は早生まれだったので免許を取るのは遅いほうだった。

そしていつも皆で免許を取った奴の車で行くあてもなく地元を徘徊していた。

毎日毎日あてもなく。
基本的に当時はみんな金も持ってなくてメシを食いに行くわけでもなくカラオケに行くわけでもなく。
ただただ毎日毎日あてもなく地元を徘徊していた。
そしてそんな春日部で免許を取りたての奴等が困ったら行き着く最後の場所がTSUTAYAである。


理由は多分駐車場が広いからだろう。

免許取りたての奴等は広い駐車場を好むからね。


そしてその日もいつもの通り行く場所がなくなった僕ら葛飾中学チームは春日部TSUTAYAに行った。

特に何をするわけでもない。

その日も特にいつもと何も変わらな……いや誰かいる。
店の入り口の前で誰か踊ってる。

完全に車から爆音で流れるDABOの拍手喝采のREMIXの方の曲に合わせてその車の前で踊ってる奴がいる。






関口だった。

踊っていたのは高校の同級生の関口だった。

そしてそれを踊らせてる黒のオデッセイの車内には後藤くん、板垣氏、ヤーボが乗っていた。
隣りの豊野中学チームだった。

昔は色々あって仲の悪かった中学チーム。

当時は関口は知っていたけど他の三人は顔や名前は知っていたけど話したりした事はなかった。


にしても異様な光景だった。

三人は車に乗り込んだままの状態で関口だけを車の前に立たせて拍手喝采で踊らせる。
異様な光景。


そして俺はその光景に呆気にとられていたら関口に車の前に引っ張られた。


そしてまたオデッセイから曲が頭から流れた。
DABOの拍手喝采のREMIXだった。
フックがオリジナルよりテンションの高いREMIXの方が流れた。









気がつくと俺も踊っていた。

ただがむしゃらに。

当時は俺より面白い奴なんていないと思っていた俺は、この隣の中学の奴等にウケたいが為にただがむしゃらに踊っていた。

そして、ひとしきり踊り俺は自分の中学の友達とその場をあとにした。
後藤くんも板垣氏もヤーボとも会話はその時は交わさなかった。



それから数日後、矢沢という友達から連絡があり「板垣がエロビデオ貸してくれって言ってるけど?」
と伝えられた。
喋ったこともない人にエロビデオ貸してくれって言うのも貸してもらえると思ってるのも凄いなと思った。

でも後にわかる、俺も板垣氏も極限の人見知りだった。

あのTSUTAYAでの拍手喝采から互いに何かが変わったのだろう。

そしてヤーボからも連絡があって
ラップやってみない?と誘われた。

ここから全てが始まる。

後藤もなんとなく仲良くなっていく。




そしてかなりの頻度で板垣氏のアパートに入り浸る。
夜中から朝まで俺と板垣氏と関口でリリックを書いたりしていた。

最初は1小節ずつ回していったな。
リリックは今も忘れない。

関口が初っぱなに
「ルイヴィトンからお前のヒント」
という謎のラインを俺にパスしてきた。
俺は、ルイヴィトン好きオスギとピーコ、と書いて板垣氏に回した。

彼は
アンパンマン可愛いぜーでもお前の方が可愛いぜー
というリリックを続けていた。





一生有名になることはないだろうなとその時確信した。


次回はDJヤーボ、大宮のクラブで客にウエッサイかけてよーと言われてバックストリート・ボーイズをかけるの巻です。
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by kuchibuil4951 | 2014-04-21 19:33